【IPJ声明】一刻も早く袴田巌さんの再審公判を開くことを求める声明

イノセンス・プロジェクト・ジャパンは本日、「一刻も早く袴田巌さんの再審公判を開くことを求める声明」を公表しました。袴田巌さんの事件については、東京高裁が3月13日に再審開始決定を維持する判断を行いました。特別抗告の期限は3月20日です。IPJは、検察官が特別抗告を断念し、迅速に再審公判が開かれることを求めます。

「自分にも何かできることはないか?」とお考えの方がおられましたら、袴田事件弁護団の戸舘圭之先生がChange.orgで「冤罪袴田事件、検察庁は再審開始を認めた東京高裁決定に対して特別抗告をしないでください。【特別抗告期限3月20日!!】を呼び掛けておられます。呼びかけ2日目で、すでに2万5千人以上が賛同されています。ぜひご協力ください。

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一刻も早く袴田巌さんの再審公判を開くことを求める声明
――東京高等裁判所2023年3月13日の決定を受けて――

イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)は、刑事事件のえん罪被害者を支援し救済すること、そしてえん罪事件の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指して2016年に設立されました。

このたび、袴田巌さんの第2次再審請求について、東京高等裁判所第2刑事部(大善文男裁判長)は、2014年3月27日に静岡地方裁判所が言い渡した再審開始決定を維持する決定をしました。私たちは、この決定を受けて、一刻も早く袴田巌さんの事件の再審公判が開かれることを求めます。

本件は、1966年6月30日に当時の静岡県清水市(現在の静岡市)内のみそ製造工場で発生した強盗殺人・放火等の事件です。袴田さんは本件の犯人であると疑われ、同年8月に逮捕されて翌月起訴されました。静岡地方裁判所は1968年9月11日に袴田さんに死刑判決を言い渡しました。事件から1年2か月が経過した一審公判中に、みそ工場のタンクから発見されたとして、検察官から血液が付着したシャツやズボンなどの「5点の衣類」が証拠として提出されました。一審判決は、この5点の衣類が袴田さんが犯行時に着用していたものであると認定し、有罪判決の主要な根拠としました。
袴田さんは控訴・上告しましたが、1980年11月19日に最高裁判所が上告を棄却し死刑判決が確定しました。その後第1次再審請求がされましたが認められず終了し、袴田さんは死刑執行の恐怖にさいなまれて、その心身を病んでしまいました。

そのため、2008年に姉の袴田ひで子さんが第2次再審請求を申し立てました。第2次再審請求審では、5点の衣類の色に関するみそ漬け実験報告書などが新証拠として提出され、5点の衣類のDNA鑑定が実施されました。静岡地方裁判所は2014年3月27日に袴田さんの拘置の執行停止を伴う再審開始決定をしました。これに対して検察官が即時抗告して東京高等裁判所は再審開始決定を取り消しましたが、最高裁判所はこの高等裁判所の決定を取り消し、事件を差し戻しました。

この度の東京高等裁判所の決定は、静岡地方裁判所の再審開始決定を維持するものでした。東京高等裁判所は、みそ漬け実験報告と新旧証拠を総合評価し、袴田さんを本件の犯人とした確定判決の認定には合理的な疑いが生じると判断しました。5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、袴田さん以外の第三者がみそのタンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できないとし、さらに「この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる」と言及しました。捜査機関による重要証拠の捏造可能性にも踏み込んだのです。東京高等裁判所は、5点の衣類によって袴田巌さんを本件の犯人と認定することは到底できず、それ以外の旧証拠で犯人性を認定できるものも見当たらないとして、再審を開始すべきであるとした静岡地方裁判所の判断を支持しました。

事件発生からすでに57年、静岡地方裁判所が再審開始を決定してからも9年が経過しています。袴田さんは87歳、ひで子さんは90歳の誕生日をむかえました。一刻の猶予も許されません。検察官は特別抗告を断念し、迅速な再審公判の開始に協力すべきです。

 2023年2月27日には、いわゆる「日野町事件」の第2次再審請求において、検察官申立てによる即時抗告審について、大阪高等裁判所第3刑事部(石川恭司裁判長)が、大津地方裁判所の言い渡した再審開始決定(2018年7月11日)を維持する決定をしました。しかし、2023年3月6日に大阪高等検察庁が最高裁判所に特別抗告を申し立てたことによって、えん罪の救済がさらに遅れることになりました。

このような事態は許されるべきではありません。

 イノセンス運動発祥の地のアメリカでは、イノセンス・プロジェクトなどの取組みにより多数のえん罪事件が明らかになり、検察自体もえん罪に対する姿勢を変えつつあります。近年では多くの検察庁の内部に有罪判決を見直す部門(Conviction Integrity Unit)がおかれるようになり、時にはイノセンス団体と協力しながら、多くの事件の見直し・再調査を行っています。台湾でも、検察官が自ら死刑事件について再審請求を行い、最高検察庁の検事総長がえん罪事件と向き合うことを公言しました。

 日本の最高検察庁は、いわゆる「郵便不正事件」を受けた「検察の理念」を2011年に公表しました。「理念」は、「あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない」としたうえで、「無実の者を罰(する)…ことにならないよう、知力を尽くして、事案の真相解明に取り組む」と宣言しています。また、「常に内省しつつ経験から学び行動する」ともしています。

しかしその後も、袴田事件、日野町事件、大崎事件など、裁判所が再審開始決定をしたにもかかわらず、検察が抗告することによって、えん罪の救済が遅れる事件が相次いでいます。

 私たちは、検察が「理念」の精神に今一度立ち戻り、裁判所の指摘と証拠に真摯に向き合い、法律家として当然なすべき判断を行って、自ら誤りを正すことを求めます。

 私たちは、無罪判決を言い渡すべき事件が迅速に救済されるシステムが必要であること、そのための人的・制度的支援が不可欠であることを、これまでも求めてきました。私たちがなによりも強調してきたことは、謙虚に司法の過ちと向き合って、えん罪事件を真摯に検証し、その教訓を刑事司法制度や運用の改善につなげることの必要性です。袴田事件でも明らかになった再審請求段階での証拠開示や、検察官の抗告禁止をはじめとする再審制度の諸改革も急務です。

 私たちはこれからも、個別のえん罪事件の支援・弁護を通じてえん罪原因を明らかにし、過ちに学ぶことによって刑事司法の改革をすべく、活動を続けます。袴田さんの再審請求に関するこのたびの東京高等裁判所の判断を支持するとともに、一刻も早く再審公判を開始し、袴田さんの雪冤が実現されるよう、検察庁に対し、特別抗告をしないよう求めます。

以上

2023年3月16日
イノセンス・プロジェクト・ジャパン