【コラム】台湾の法科学も進んでる!(2)各法科学研究所の概要

法務部法医研究所(IFM: Institute of Forensic Medicine)

 IFMは解剖と死因調査、遺体に関するDNA型鑑定と薬毒物鑑定を実施する最高位の鑑定・研究機関である。一つの研究所内で解剖・DNA型・薬毒物の鑑定が実施できることで、死因調査が迅速・正確に遂行できる利点がある。これは、ニューヨーク市検視局や、韓国の法科学研究院と同様である。
 

 IFMは法医病理部・血清証拠部・毒物化学部から構成される。
①法医病理部
 法医病理部は、解剖・死因究明の標準法を定め、地方検察署の法医学病理検査室の監督と財団法人全国認証基金会(TAF:Taiwan Accreditation Foundation)に基づく認証と、全国の法医学医師の研修を担当している。
 身元不明遺骨データベースや変死検証データベースを構築し、身元特定や死因調査に活用している。また、ナイフ痕識別技術や人類学に基づく身体的特徴の識別について研究している。
②血清証拠部
 解剖資料、身元不明死体のDNA型鑑定を実施している。また大規模災害や事件の支援も行う。DNA資料専用の保管室が整備され、再鑑定に備えている。溺死事件が疑われるケースなどでは珪藻識別鑑定を実施する。
 新世代NGSシーケンスシステム(破損したDNAの解析)など最新技術を導入し実検体への応用研究を行っている。
③毒物化学部
 解剖に伴う生体試料の各種薬毒物鑑定の他、異物混入事件や大規模事故・火災事案などの薬毒物鑑定を実施し、地方検察署の捜査を支援する。

法務部法医研究所の外観

 以上の鑑定業務に加え、各ユニットとも人材育成教育と研究開発を業務としている。
 このように、法医研究所はアメリカの検視局や日本の監察医事務所にDNA型と薬毒物検査部門を加えたような組織であり、殺人事件や変死事案における正確な死因究明に効率的な組織といえる。韓国においても同様に法科学研究院の法医学部に検視課がありその法科学部に法DNA課と法薬毒物課があって、迅速な死因究明体制が構築されていた。
 意見交換会においては、法医研究所側から海岸に漂着した身元不明遺体のDNA型鑑定によって九州の漁師と判明した事案などが紹介され、国際的な法科学の情報交換の必要性が指摘された。私は法医研究所では解剖・DNA型鑑定・薬物鑑定が実施され、死因究明に最適なシステムであることを、日本と比較しながら述べた。また、同研究所は独立組織となることが検討されており、法科学研究としての信頼性に必要な事柄について意見を求められた。

所長らとの意見交換会

法務部調査局(MJIB: Ministry of Justice Investigation Bureau)の概要

 今回は時間の都合により、法務部調査局への視察はできなかったが、同局のホームページから紹介する。調査局には資通安全処(サイバーセキュリティー部)と鑑識科学処(法科学部, Forensic Science Department)がある。

 法科学部は、法DNA研究室・化学研究室・物理研究室・文書研究室・画像解析研究室から構成される。
①法DNA研究室
 法DNA研究室の主な業務は刑事事件の親子鑑定である(親族関係 DNA 鑑定実験室認証技術規範(2020)に基づく)。また、ミトコンドリアDNA(mtDNA)配列解析手法にもとづく野生生物種のNCBI BLAST データベースから動物種の特定も実施される。これは、絶滅危惧種の製品(象牙など)の規制への対応である。
②法化学研究室
 化学研究室では規制薬物鑑定でも量刑の重い事案の鑑定が行われる。薬毒物試料や尿中や毛髪中の薬物の鑑定、規制薬物製造工場の特定、偽造医薬品の識別、野生動物保護事案に関する製品の化学的識別、その他油類や繊維などの工業製品の鑑定も実施される。
③法物理研究室
 物理研究室では主に銃器・弾丸鑑定、音声鑑定が実施される。ポリグラフ検査も業務に含まれる。
④法文書研究室
 法文書研究室では、筆跡・印鑑の鑑定、紙幣・IDカード・有価証券などの印刷物の識別、および抹消文書や圧痕文字の検査、遺留指紋の識別・研究が実施される。
⑤画像解析研究室
 画像解析研究室では、防犯カメラ画像・交通監視画像・ATM画像などから、画像復元、顔画像解析、身元特定が実施される。

警政署刑事局(CIB: Criminal Investigation Bureau)、刑事鑑識センター(Forensic Science Center)

 警政署刑事局の刑事鑑識センターは、警察組織の中で最高位の法科学研究所であり、理化科・指紋科・生物科で構成され、国内の重要事件の鑑識作業と鑑定を実践している。

①理化科
 法化学分野の業務は、2級~4級毒品に分類される薬毒物の内、比較的量目の多い資料について日常的に鑑定を実施している。
 法工学分野の業務は、銃器・弾丸鑑定と研究が行われ、アメリカの線条痕データベースを導入している。画像解析や文書鑑定、ポリグラフ検査も理化科に所属する。
②指紋科
 指紋科の業務は、犯罪現場の指紋収集と指紋の照合・識別、指紋(掌紋)データの収集・管理、指紋照合システムの計画・実践・管理、指紋鑑定技術の研究開発である。
③生物科
 生物科の業務は、犯罪現場の生体資料の収集とDNA型鑑定である。有罪判決者および未解決事件のDNA型データベースと人口統計データベースを構築し、DNA型の評価(検索、比較)を実践している。また微量のDNA資料の検出技術について研究開発を行う。

証拠資料保管室
センター長・職員らと意見交換

刑事鑑識センターには、証拠資料保管室があり、入室などの管理がRFID(無線周波数識別)システムにより管理されている。

 意見交換会では、サイバー捜査の大隊長からサイバー捜査のあり方など質問があったが、(専門外ではあるがと前置きし)かって日本でサイバー犯罪が増加し始めた2010年頃、警視庁が全国のサイバー犯罪発信源の特定を引き受け、捜査を地方の警察に引き継ぐシステムにしたところ効果があったこと、また、デジタル証拠の採取では、日本ではビデオ撮影し、信頼性確保に努めていることを報告した。

 センター長からは、私が捜査からのバイアスは防止しなければならない点についてお話ししたところ、「捜査からの情報は必要」である旨指摘があったので、管理者としては大変ではあるが、捜査情報は一旦、自身が受け取り、必要な情報に絞って鑑定職員に伝えることで不要なバイアス情報を遮断でき、捜査に偏らない鑑定が可能になることを話した。

台北市警察局(TCPD, Taipei City Police Department)刑事鑑識センター(Forensic Science Center)

 台北市警察局の刑事鑑識センターは、警察局南港分局内に所在し、鑑識科・鑑定科・総合科で構成され、台北直轄市における刑事事件の鑑識業務と科学鑑定を担当している。
 鑑識科の業務は、現場鑑識のほか画像処理・指紋鑑定・銃器鑑定、さらに爆破物処理と鑑識技術教育である。銃器鑑定では空気銃を用いた犯罪が多いとのことで、その威力の検査が行われていた。
 鑑定科では、薬毒物鑑定・文書鑑定・足こん跡鑑定が実施される。薬毒物鑑定では、台湾の規定により、1~10gの2級薬毒物の検査が、簡易テストとGCMSによる検査が実施されていた。また、近赤外分析計(NIR、近赤外線分光計データを多変量解析で処理し、薬品データベースから検察し特定するもの)を試験的に運用しており、鑑定薬物に非接触で薬物名を特定できる点で利便性が高い。
 総合科では、DNA型鑑定が実施される。なお、各科には専属の証拠資料採取班があり、事件現場における証拠資料の採取を担当する。

鑑定科(薬物鑑定)
センター長との懇談

 センター長に、鑑定書の形式についてお尋ねしたところ、グラフ類は添付していないとのことであった。日本にも「グラフを付ければ細かい点を追求される」、「開示請求があれば提出すればいい」、「グラフを見てもどうせ裁判官にはわからない」などの声があって、グラフを添付しない科捜研が多いが、公判廷は科学鑑定を厳密に審議する場であるので、グラフ類は予め鑑定書に添付し、法律家に開陳するべきとの意見を申し上げた。

 これに対して、センター長からは「鑑定で得られるグラフは多く、とても添付できるものではない」とのことであったが、「必要不可欠のグラフだけでも添付する」ことで見解の一致をみた。

平岡 義博(ひらおか・よしひろ)

(3)に続く