「人質司法解消法」要綱案を公表しました

「ひとごとじゃないよ!人質司法」に携わる研究者と弁護士が人質司法を解消するための法律要綱案を作成しましたのでここに公表いたします。(本要綱案は、2024年2月16日版です。今後、部分的に修正や追加などが行われる場合があります。)

  • 要綱案

第1〔身体不拘束原則〕

 刑事手続は、被疑者・被告人の身体を拘束せずに行うことを原則とする。刑事手続の適正な実施のために(被疑者・)被告人をやむを得ず勾留する場合には、できる限り早期に被告人を保釈しなければならない。

【注釈】

➡無罪推定が規範としてどのような意味を有するかについては様々な議論があるが、被疑者・被告人は有罪が確定するまでは無罪であることを前提とした取扱いを受けるべきで、刑事手続の遂行・運営上、やむに已まれぬ必要最小限との制約を除いて、一般の市民と限りなく同等の取扱いを受けるべきという規範を抽象的なレベルでは含んでいるという理解に大方の異論はないだろう。そして、身体拘束との関係では、この抽象的規範は、身体不拘束原則として具体化される。すなわち、身体拘束は、刑事手続の適正な実施を阻害することが明らかな罪証隠滅と被告人の裁判への不出頭の場合に限って正当な理由を認めることができ、かつ、他のより制限的でない手段で逃亡・罪証隠滅の防止が実現できるのであれば、身体拘束を正当化することはできないから、保釈は権利性を持ち、さらに、罪証隠滅・逃亡の危険の認定を弛緩させてはならず、具体的根拠に基づいている場合に限って要件を満たすと解釈されなければならない。

➡この条文自体は、抽象的規範で、シンボリックな意味合いが強いが、以下の具体的な要件の解釈指針となることが期待できる。

第2〔逮捕・勾留の要件〕

(1)逮捕・勾留は以下の各号に該当する場合を除き、これを行ってはならない。

ア)被疑者・被告人が逃亡したとき

イ)被疑者・被告人が逃亡するための移動手段を確保するなど、逃亡を企てる具体的な行動を取ったとき

ウ)被疑者・被告人が証拠物を隠匿又は破壊したとき

エ)被疑者・被告人が証拠物の隠匿又は破壊するための道具を入手し、又は証拠物を隠匿するための場所の下見をするなど、証拠物の隠滅又は破壊を企てる具体的な行動を取ったとき

オ)被疑者・被告人が証人予定者又は共犯の疑いがある者に対して、弁護人を同伴せずに、面会を行ったとき

カ)被疑者・被告人が証人予定者又は共犯の疑いがある者に対して、弁護人の許可を取らずに、連絡をしたとき

(2)逮捕・勾留の要件の判断に当たっては、被疑者・被告人が自白、否認又は黙秘していることを考慮してはならない。

【注釈】

➡現在の逮捕・勾留要件(保釈要件も同様)は、将来の予測を判断する構造になっている。そのために、裁判官の裁量を許す要件とならざるを得ず、その結果、裁判官が抽象的な「おそれ」を恣意的に認定して、身体拘束を許容することを防止できない枠組みになってしまっている。この構造自体を変えなければ、身体拘束が安易に行われる現状を変革することはできない。そこで、要件を過去の具体的事実の有無に基づく実績的要件に転換し、裁判官による裁量を排除する構造とする必要がある。

➡それでも、イ)やエ)は、なお裁量の余地を残しており、不徹底なところはある。

➡被疑者についても、公訴の提起が行われていなくても(つまり、受訴裁判所が決まっていなくても)訴追を免れるために「逃げ隠れる」という概念は成り立ちうるので(刑訴法255条参照)、ア)は変更しないこととした。ただし、趣旨をより明確にするために、ア)イ)の「逃亡」の用語を「所在を隠匿」に変更することは考えられよう。

➡(2)は、実質的には(1)の要件を加重するものではなく、(1)の確認にすぎないが、この点が人質司法の問題の核心であることを明示することに積極的な意義があると考え、確認規定として置くこととした。

第3〔勾留手続〕

(1)第2項の勾留要件を充足しているかどうかの審査は、以下の各号に該当する場合に、その都度、被疑者・被告人に対して被疑・被告事件に関する陳述を聞いたうえで、行わなければならない。

ア)刑事訴訟法208条による勾留延長が請求されたとき

イ)刑事訴訟法208条の2による勾留延長が請求されたとき

ウ)被疑者を起訴後、引き続き勾留しようとするとき

エ)刑事訴訟法60条2項による勾留の更新をしようとするとき

(2) (1)ア)及びイ)の手続を行うためには、検察官は、予め弁護人に対して、刑事訴訟規則147条に定める勾留請求書ならびに刑事訴訟規則148条に定める資料を開示しなければならない。

(3) (1)ウ)の手続を行うためには、検察官は予め刑事訴訟規則147条及び同規則148条に相当する資料を添えて、裁判所に起訴後の勾留を請求しなければならない。この場合において、同一の資料を予め弁護人に対して開示しなければならない。

(4) (1)エの手続を行うためには、裁判所は予め刑事訴訟規則148条に相当する資料を作成しなければならない。この場合において、作成した資料を予め弁護人に対して開示しなければならない。

(5) 弁護人が請求した場合には、(1)の手続に弁護人を立ち会わせなければならない。

(6) (1)の手続には、弁護人が立ち会った場合に限り、検察官も立ち会うことができる。

(7) (1)の手続に立ち会った弁護人及び検察官は、意見を述べることができる。

(8) 裁判所又は裁判官が、勾留決定、勾留延長決定、起訴後勾留決定、勾留更新決定を行う場合には、被疑者・被告人に対し、第2項各号のいずれかを満たすことを明らかにする具体的事実および当該事実を根拠づける証拠を示さなければならない。

【注釈】

➡全体として、勾留審査の対審化と証拠開示を目指したもの

➡理由の告知についても、条文の番号を示す現在の運用は、実質的な告知を果たしたとはいえず、適正手続(憲法31条)の要求を満たしていないと言わざるを得ないから、(8)で、実質的理由告知を必要的とする条項を置いた。

➡現在は、いったん勾留したら、その後の延長、起訴後勾留、更新にあたって、いちから審査することはされておらず、特に起訴後勾留、更新は、自動更新のような形になっているのではないか。しかし、本来、勾留要件は、勾留期間の全期間において充足していなければならないはずであるから、手続の節目節目で、必ずいちから審査をやり直すべきではないか、という問題意識に基づく。なお、ウ)の場合に、審査手続を起訴後に行うか、起訴前に行うかは、両案あり得る。ただし、起訴前に行うことにすると、起訴していないにもかかわらず、公訴事実を審査対象にすることは論理的に不可能ではないかという疑問が生じうるので、起訴後に行うと解する方が説明は容易であろう。

➡対審化すると、検察官の立会いを認めざるを得ないのは、やむを得ないところか。

➡弁護人が立ち会って意見を述べるほかに、立ち会わずに開示証拠を受けて書面で意見を提出する選択肢を認めるかどうかは要検討。案では、選択肢に入れていない。

第4〔保釈要件〕

(1)勾留された(被疑者・)被告人は、検察官が刑事訴訟法92条による意見聴取において、保釈保証金の没収(刑事訴訟法96条)及び保釈に係る制限住居離脱罪(刑事訴訟法95条の3)による威嚇、並びに保釈された者に対する裁判所への報告命令を通じた裁判所による身体管理措置(刑事訴訟法95条の4)にもかかわらず、なお逃亡し又は罪証を隠滅する危険があることを具体的な証拠にもとづいて疎明した場合でなければ、必ずこれを保釈しなければならない。

(2)裁判所は、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定を行うためには、予め、(1)項に基づいて検察官が提出した資料を弁護人に対して開示しなければならない。

(3)弁護人が請求した場合には、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定を行うための手続に、弁護人を立ち会わせなければならない。

(4)保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定を行うための手続には、弁護人が立ち会った場合に限り、検察官も立ち会うことができる。

(5)保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定を行うための手続に立ち会った弁護人及び検察官は、意見を述べることができる。

(6)(1)項にかかわらず、同一の被告人に対する起訴後の勾留期間が通じて6か月に達したときは、被告人を必ず保釈しなければならない。

【注釈】

➡保釈はもともと、保釈保証金の没収の威嚇によって逃亡・罪証隠滅を防止を図ろうとする制度であるから、制度内在的に逃亡・罪証隠滅抑止機能を備えているのであるが、現行刑訴法では、さらにこれに加えて何重にもわたって逃亡を防止する制度的措置がとられている。また、罪証隠滅防止についても、保釈許可条件において、被害者への接触禁止等、具体的措置が取られているから、もともと逃亡・罪証隠滅などの事故が発生するリスクは大きくない。にもかかわらず、保釈を認めないとするためには、それらの措置を取ったとしてもなお逃亡・罪証隠滅の危険が存在することを具体的に疎明できなければ、身体拘束を継続する正当な理由があるとは到底言えない。(1)はこのことを具体的な要件として規定化したものである。

➡保釈手続を上の提案のように、フル対審化すべきかどうかは要検討。「検察官の書面意見提出→疎明資料の開示→弁護人の書面意見提出」という制度設計もあり得るかもしれない。

➡(6)項は、事件単位ではなくて人単位で判断するという趣旨である。その目的は、言うまでもなく、別件勾留による脱法を阻止するところにある。

第5〔接見禁止制度の廃止〕

(1)刑事訴訟法81条はこれを廃止する。

(2)刑事訴訟法39条3項はこれを廃止する。

【注釈】

➡一般接見は、施設管理職員等が立ち会っているので、罪証隠滅等は防止できるはずである。つまり、刑訴法81条は、必要最小限度の制限にとどまっているとはいえないから、無罪推定法理の原理原則にしたがって、その存在を正当化することができない。

➡書類その他の物の授受についても、一般接見においては、検査等が認められているから、検査の結果、何らかの犯罪の証拠に当たり得る場合には、被収容者処遇法135条に基づく差し止めを行えば足りる。

➡刑訴法81条を廃止すれば、一般接見について制限が許される場合は存在しなくなる。にもかかわらず、防御権の行使上、一層重要な弁護人との接見が制限されるのは背理であるから、刑訴法39条3項も同時に廃止しなければ制度として、整合的でない。

➡ただし、妥協して、刑訴法39条3項を維持したままで、一般接見について「捜査の必要」を根拠とする接見制限を許すという方法もあり得なくはない。

第6〔逮捕勾留中の健康維持〕

(1)逮捕勾留されている被疑者・被告人は、いかなる場合であっても、自らの希望する医師・医療機関による診察・治療を求めることができる。請求を受けた捜査機関並びに施設は、いかなる理由によっても、これを拒んではならない。また、被疑者・被告人が希望する医師・医療機関以外の代替する医師・医療機関での受診・治療を受けさせてはならない。

(2)被疑者・被告人を逮捕・勾留する施設においては、冷暖房を完備しなければならない。

 【注釈】

➡サバイバー国会における人質司法サバイバーによる発言から、身体拘束によって深刻な健康被害が多数生じているにもかかわらず、施設側が適切な医療を提供していない実態が明らかになった。施設側の医師・医療機関には適切な対応を期待することはできないことが明らかになった以上、被疑者・被告人の希望する医療の提供を義務付けることが必須不可欠である。

➡被疑者・被告人の心身の健康を保つことは、命にもかかわる最重要事項であるから、逮捕・勾留の必要性よりも、治療の必要性の方が、常に優先されるべきである。したがって、たとえば、逃亡の危険性が高く、施設職員の付き添いができない場合も、入院治療の必要があれば、入院させなければならない。

➡併せて、施設における生活条件が劣悪であることが、被疑者・被告人が身体拘束中に健康を害する原因の一つであることを否定できないことから、最も基本的な生活条件である暑さ寒さをしのげることを絶対条件とした。

第7〔取調べ規制〕

(1)全事件について、例外なく、任意取調べを含む取調べの全過程の録音・録画を行わなければならない。

(2)被疑者・被告人または弁護人が請求した場合には、逮捕勾留中の取調べか、任意取調べかにかかわらず、例外なく、弁護人が立ち会わない限り、取調べを行ってはならない。

(3)被疑者・被告人が取調べにおいて一切供述しない旨の意思を予め明らかにしている場合には、取調べを行ってはならない。この場合において、捜査官は、被疑者・被告人に対して、取調べに応じることの説得、取調べへの協力依頼等、取調べの実施に向けたいかなる働き掛けも行ってはならない。

(4)被疑者・被告人が、取調べを受けているいずれかの時点で、それ以上の供述をすることを拒否した場合には、即時に取調べを終了しなければならない。この場合において、捜査官は、被疑者・被告人に対して、取調べに応じることの説得、取調べへの協力依頼等、取調べの続行に向けたいかなる働き掛けも行ってはならない。

(5)被疑者・被告人が(3)(4)により供述しない旨の意思を明示した後は、捜査官は、新証拠の発見、十分な時間的間隔を置いたこと、その他いかなる理由に基づいても、被疑者・被告人に対して、取調べに応じることの説得、取調べへの協力依頼等、取調べの実施に向けたいかなる働き掛けも行ってはならない。ただし、被疑者・被告人が、捜査官からの何らの働きかけもなく、能動的に供述することを望んだ場合はこの限りではない。

【注釈】

➡取調べ受忍義務否定説の原理原則に従い、黙秘権行使による取調べ遮断効を認める内容に改定した。