このたび2026年5月27日付で、法務省矯正局より、未決勾留者の拘置所における処遇に関するきわめて重要な通知が発出されました。この通知は、「刑事施設及び少年院における特定執行者に対する運転免許試験の実施について(通知)」というタイトルで、拘置所に身体拘束されている未決勾留者の運転免許が失効した場合に、施設内で運転免許試験を受験するという重要な機会を付与するものです。
過去約四半世紀にわたって、未決勾留者は、運転免許が失効した場合に、拘置所内で再試験を受験することができませんでした。
この問題は、2002(平成14)年6月1日に道路交通法の一部改正が施行され、運転免許が失効して3年が経過した者について、免許を再取得する場合に試験の一部免除が認められず、すべての試験(適性試験、技能試験、筆記試験)を再度受験しなおさなければならなくなったことに端を発します。つまり、刑事事件によって身体を拘束された者についても、身体拘束が長期化して3年が経過すると、いちから免許を再受験しなければならなくなりました。
他方で、道路交通法は、「やむを得ない理由」によって運転免許が失効した場合については、失効から3年以内であるなどの要件を満たすときには、学科試験及び技能試験が免除され、更新時講習などを受けることにより免許を取得できると規定しています。この「やむを得ない理由」には、法令によって身体を拘束されていたことが含まれます。そこで、法務省は、受刑者等については、都道府県警察と協力して、運転免許の失効から3年以内の矯正施設内での再試験を実施してきました。
すなわち、法務省は、道交法の改正を受けて、確定者(少年院入所者を含む)について、円滑な社会復帰のために2004(平成16)年11月16日付けの法務省矯保第5794号 矯正局保安課長及び教育課長通知「矯正施設における特定失効者に対する運転免許試験の実施について」を発出したのです。同通知によって、刑務所・少年院等の矯正施設に入所し、収容中に運転免許が失効した者については、出所後の免許の再取得の負担を考慮し、施設内での運転免許取得再試験を実施することになりました。
しかし、問題は、同通知が、未決勾留者が施設内での運転免許取得再試験実施の対象となることを明示していなかったことでした。
この結果、長きにわたって、未決勾留者で運転免許が失効した者は、運転免許の更新手続を拘置所内ですることができませんでした(なお、運転免許が失効しても3年が経過しないうちに確定裁判によって受刑することになった場合には、刑務所での免許取得再試験を受けることができました。また、拘置所内で刑の執行を受ける受刑者は、拘置所内で再試験を受けることができました)。
この背景には、未決勾留者については「逃亡」や「罪証隠滅」の防止といった拘禁の目的に鑑みて、受刑者とは処遇の目的も異なるから、という説明があったようです。
しかし、無罪推定原則に立ち戻れば、未決勾留者に対して免許取得再試験が認められていないことには、大きな問題がありました。長期勾留をされたえん罪被害者が社会に戻っても、試験の一部免除が認められず、すべての運転免許取得再試験をいちから受験しなければならない状況に陥っていたのです。この問題はえん罪被害者にとっても深刻で、例えばイノセンス・プロジェクト・ジャパンが支援してきた今西貴大さんは、5年半にわたる勾留中に免許が失効しましたが再試験を受験することができず、逆転無罪判決後にいちから運転免許を取り直すことになりました(毎日新聞2025年6月26日「塀の中で繰り返す「理不尽」 15年変わらず、運転免許を失う人々」)。
この問題については、日本弁護士連合会から法務大臣宛てに要望書が発出(2021年9月22日)されたり、大阪弁護士会人権擁護委員会による勧告(2023年3月29日付)がなされたり、名古屋地裁に国家賠償請求訴訟が提起されたりしていました。
2025年5月12日には、第217回国会・参議院決算委員会(第5号)において、公明党の伊藤孝江参議院議員より、この問題に関する質疑が行われました(この質疑の全文を下記に掲載しています)。伊藤議員の質問に対して、概要以下のような答弁がありました。
- 現在、都道府県警察においては、矯正施設からの要請により、免許が失効した被収容者に対するこうした免許取得手続の実施に協力している。未決勾留者についても、法務省からの要請があれば適切に対応するよう、都道府県警察を指導したいと考えている。(警察庁)
- 刑事施設では、懲役又は禁錮の確定者については、一定の要件を満たす場合には施設内において運転免許試験を実施している。法令上、刑事施設に実施が義務付けられているものではなく、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的として、受刑者の処遇目的に沿うことから実施をしている。これに対して、未決拘禁者の処遇は、罪証の隠滅の防止に特に留意することとされており、受刑者とは処遇目的が異なる。未決拘禁者の処遇の趣旨を踏まえると、試験の実施に当たっては、受刑者における実施の対応とは異なり、一人一人個別に実施をしたり、また、他の方と接触しない試験会場を用意する必要が生じるなど、刑事施設の人的、物的体制を始めとした諸課題があり、現状では未決拘禁者に対する運転免許試験は実施していない。未決拘禁の目的や逃走及び罪証の隠滅の防止並びに防御権の尊重に特に留意をするという処遇の原則に加え、先ほど申し上げました諸課題も踏まえ、引き続き検討していきたい。(法務省)
そしてこの後、ようやく法務省内でも未決勾留者の再試験に関する検討が本格的に進められたようです。
このたび発出された2026(令和8)年5月27日の矯正局通知は、「今般、未決拘禁者にあっても、……拘禁の趣旨・目的に反しない範囲で、運転免許試験を受験する機会を付与することは相当と考えられることを踏まえ、受刑者等に加えて未決拘禁者についても、当該執行者を対象に刑事施設内で運転免許試験を実施することについて、警察庁と当局の協議が整った」とし、拘置所長らに対して、都道府県警察本部と協議して、試験の円滑な実施に対する配慮を求めています。さらに、この問題の元凶であった、2004(平成16)年通知も廃止されました。
その上で2026年5月通知は、「受験者が未決拘禁者である場合は、矯正施設内における試験の実施予定日において、運転免許が失効した日からおおむね2年を経過していない者」を除き、入所日から拘禁中に失効し、失効後も拘禁されている者を対象として、年1回に刑事施設収容区域内で再試験を実施することとされました。未決拘禁者についても集団実施をしてもよいけれども、接見等禁止決定が付されている者については、できる限り他者との接触を排除する措置を執るようにとされています。
もちろん、長期勾留自体にも、重大な問題があります。しかし、24年かけて、ようやく拘置所における運用が改められることになったことは、歓迎すべきことでしょう。今後は、通知により、この問題が本当に改善するかを注視する必要があります。
[イノセンス・プロジェクト・ジャパン事務局長/甲南大学法学部教授 笹倉香奈]
■第217回国会・参議院決算委員会(第5号)での伊藤孝江参議院議員による質疑 抜粋■
○伊藤孝江君 次に、テーマを変えまして、未決勾留者の運転免許証の更新についてお伺いをいたします。
ある事件で無罪判決を受けた方がいらっしゃいます。五年半拘置所に勾留をされ、その間に運転免許証が失効して、無罪になって外に出たときにはこの免許証の失効から三年以上が経過をしておりました。道路交通法では、免許が失効した後の救済措置も定められていますけれども、失効して三年を経過した場合というのは全く救済の手だてが現状ありません。この方は、今、仕事に必要だということで、運転免許証を取得するために改めて自動車教習所に通っておられます。
現在、刑務所では、服役中に運転免許証の更新手続を行うことができるけれども、その刑が確定する前に被告人として拘置所に勾留されている者にはこの免許証の更新手続の機会は与えられておりません。
まず、警察庁に確認したいと思います。
運転免許証の更新手続に関して、法律上、この未決勾留されている者が除外されているのかどうかについてお答えいただけますでしょうか。
○政府参考人(早川智之君) お答えいたします。
道路交通法では、災害などのやむを得ない理由により運転免許が失効した方につきまして、失効から三年を経過しないといった要件を満たす場合には、学科試験及び技能試験が免除され、更新時講習などを受けることにより免許を取得することが可能となっております。このやむを得ない理由の一つに、法令の規定により身体の自由を拘束されていたことがございまして、お尋ねの未決勾留者につきましても、これに含まれるところでございます。
現在、都道府県警察におきましては、矯正施設からの要請により、免許が失効した被収容者に対するこうした免許取得手続の実施に協力しているところでございまして、お尋ねの未決勾留者につきましても、法務省からの要請がございましたら適切に対応するよう、都道府県警察を指導してまいりたいと考えております。
○伊藤孝江君 ありがとうございます。
今おっしゃっていただいたように、未決勾留者も免許の更新手続を法律上取ることができないとか、そういうことでは全くないんですね。でも、現状は、無実を争って裁判中、これやっぱり長く掛かると。この方の場合は五年半掛かったと。そういう人はその更新手続は取れなくて、じゃ、早く有罪になって刑務所に行ったら免許の更新ができると。やっぱりこれはどう考えても不合理だというふうに思います。
平成十六年十一月十六日、法務省矯保第五七九四号の通知では、刑の執行として拘禁され、免許を失効した者に対して、失効から三年以内であれば矯正施設内で運転免許再取得試験を受験する機会を与えています。先ほど御説明されたとおりです。
これは、運転免許の失効により出所後の就労先の確保が難しくなること、また、所持金も少なく、家族から経済的援助を得られない者が多い中で、全ての試験を再受験しないといけないとなると円滑な社会復帰の妨げになるという趣旨です。これは、刑務所にいる人だけじゃなくて、長期間勾留され、運転免許証が失効してから三年経過してしまった後に無罪となった人についても当然当てはまると考えます。
逃亡又は罪証隠滅の防止という目的で勾留されています。であれば、この目的のために必要かつ合理的な範囲の制限を受けることはあっても、それを超えて不当に一般市民としての自由を侵害されるいわれはないと考えます。少なくとも、未決勾留中の者のうち、運転免許が失効して二年が経過した者、もうあと残り一年しかないと、こういう人については拘置所の中でも刑務所等で行っているのと同じ試験を受験させるべきと考えますけれども、この点、法務省いかがでしょうか。
○政府参考人(小山定明君) 刑事施設では、入所日から収容中に運転免許が失効した者であって免許の失効後引き続き懲役又は禁錮の確定裁判の執行として収容されている方を対象に、一定の要件を満たす場合には施設内において運転免許試験を実施してございます。これは、法令上、刑事施設に実施が義務付けられているものではございませんで、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的として、受刑者の処遇目的に沿うことから実施をしているものでございます。
これに対しまして、未決拘禁者の処遇と申しますものは、罪証の隠滅の防止に特に留意することとされておりまして、受刑者とはその処遇の目的を異にしております。こうした未決拘禁者の処遇の趣旨を踏まえますと、試験の実施に当たっては、受刑者における実施の対応とは異なりまして、一人一人個別に実施をしたり、また、他の方と接触しない試験会場を用意する必要が生じるなど、刑事施設の人的、物的体制を始めとした諸課題がございますため、現状では未決拘禁者に対する運転免許試験は実施していないところでございます。
法務省といたしましては、未決拘禁者の試験の実施について、未決拘禁の目的や逃走及び罪証の隠滅の防止並びに防御権の尊重に特に留意をするという処遇の原則に加え、先ほど申し上げました諸課題も踏まえまして、引き続き検討してまいりたいと考えております。
○伊藤孝江君 引き続き検討というか、お聞きしたときには全く検討しないというふうに私はレクのときにお聞きをしました。本当に検討いただけるんであればしっかりと検討していただきたいですし、逃走また罪証隠滅の防止、また防御権をしっかり尊重するという今目的おっしゃられました。これと免許証の更新を拘置所ではさせないというのは全くつながりはないと思いますので、しっかり考えていただきたいと思います。


