2023年9月6日、アメリカのイノセンス・プロジェクトがかかわった事件が、DNA鑑定によって冤罪を晴らされたというニュースが飛び込んできました。AFP通信により、日本語でも報道されています。 レイプ事件で誤認逮捕、47年後に雪冤 米黒人男性
この事件の元被告人であるレナード・マックさんは、1975年にニューヨーク州グリーンバーグで発生したレイプ事件と銃器の所持事件につき、翌年有罪判決を言い渡され、7年間半も服役しました。もともとの事件で有罪判決の決め手になったのは、被害者らの犯人識別供述でした(DNA鑑定が捜査において実用化されたのは1980年代後半でしたから、本件ではDNA鑑定は実施されていませんでした)。アメリカでは、これまでにDNA鑑定でえん罪が晴らされた事件の64%で誤った犯人識別供述がかかわっていたことが明らかになっています。
公判廷では、マックさん側から血清学鑑定やアリバイ証拠が提出されましたが、マックさんには有罪判決が言い渡されました。検察官がマックさんにとって有利になるような証拠を提出しなかったことも明らかになっています。
マックさんは50年近く、えん罪を晴らそうと闘い続けました。とうとう、NYのイノセンス・プロジェクトがウェストチェスター郡検察庁の中にあるえん罪調査部門と一緒に、事件現場に遺留された資料について新たなDNA鑑定を行ったのです。その結果、マックさんが犯人ではないことが判明しました。また、真犯人のDNA型をDNA型データベースにアップロードしたところ、ある男性のDNA型と一致したことが明らかになりました。この男性は、犯行を認めたとのことです。
「検察庁とイノセンス・プロジェクトがタッグを組んでえん罪を晴らすことがあるの?」。日本から見れば、驚きのニュースです。
実はアメリカでは、2010年代の中ごろから、えん罪事件について調査を行い、雪冤につなげていくという部門が、各地の検察庁の中に作られるようになりました。いわゆる「有罪判決の廉潔性を確保する部門(Conviction Integrity Unit, CIU)」です(笹倉=ジョンソン「「否定の文化」からの脱却は可能か : アメリカの最近の動向から考える」季刊刑事弁護103号参照)。えん罪原因の背景に検察官の非違行為があったことが明らかになり、検察庁もえん罪の問題に取り組むことの必要性が認識されたのです。現在では全米各地に100以上のCIUがあり、州全体をカバーするCIUが州の司法省に置かれる場合もあります。各地のイノセンス・プロジェクトと合同でえん罪事件の調査を進めているCIUもあるのです。
さて、マックさんの事件について、ウェストチェスター郡のミリアム・E・ロカ地区検事は、次のようにコメントしています。「本日、私たちは裁判所に対して、レナード・マック氏が不当に7年以上も服役したえん罪のレイプ事件について、無実であることを認定するよう求めました。私たちがマック氏の無実を証明できたのは、私たちの検察庁のなかにいつつも独立した存在たるCIUの尽力と、50年近く汚名を晴らすために戦ってきたマック氏の揺るぎない強さによるところが大きいのです。雪冤と新たなDNA証拠により、冤罪は冤罪被害者にとって有害であるだけでなく、私たち全員の安全をも損なうものであることが確認されました。」
日本の私たちからすれば、検察庁がえん罪救済に取り組んでいるということ、えん罪の救済をイノセンス・プロジェクトと一緒に行うこと、えん罪を正面から見て謝罪するということは、驚くべきことかもしれません。しかし、市民からの理解と支持をえるためにも、えん罪の救済に自ら取り組むというアメリカの検察庁の姿は健全なものではないでしょうか。
IPJ事務局長/甲南大学教授・笹倉香奈