【ニュースレター】vol.28を配信しました!

【IPJ声明】

袴田巌さんの再審無罪判決を受けて:一刻も早く無罪判決の確定を求める声明

イノセンス・プロジェクト・ジャパンは2024年9月29日、「一刻も早く袴田巌さんの無罪判決の確定を求める声明」を公表しました。袴田巌さんの事件については、静岡地裁が2024年9月26日に再審無罪の判断を行いました。控訴期限は10月10日です。IPJは、検察官が控訴を断念し、迅速に無罪判決が確定することを求めます。


袴田巌さんの再審無罪判決を受けて一一刻も早く無罪判決の確定を求める声明

 イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)は、刑事事件のえん罪被害者を支援し救済すること、そしてえん罪事件の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指して2016年に設立されました。

 このたび、袴田巌さんの事件につき、再審開始の確定を受けて行われた再審公判の結果、静岡地方裁判所刑事部(國井恒志裁判長)は、2024年9月26日に無罪判決を言い渡しました。私たちは無罪判決を受けて、一刻も早く袴田巌さんの無罪判決が確定することを求めます。

 1966年6月30日に当時の静岡県清水市(現在の静岡市)内のみそ製造工場で発生した強盗殺人・放火等の事件について、袴田さんは犯人であると疑われました。同年8月に逮捕されて翌月起訴され、1968年9月11日に静岡地方裁判所は袴田さんに死刑判決を言い渡しました。袴田さんは控訴・上告しましたが、1980年11月19日に最高裁判所が上告を棄却し死刑判決が確定しました。その後第1次再審請求がされましたが認められず終了しました。
 2008年に姉の袴田ひで子さんが第2次再審請求を申し立て、静岡地方裁判所は2014年3月27日に袴田さんの拘置の執行停止を伴う再審開始決定をしました。これに対して検察官が即時抗告して東京高等裁判所は再審開始決定を取り消しましたが、最高裁判所はこの高等裁判所の決定を取り消して事件を差し戻し、東京高裁は2023年3月13日に再審開始決定を維持する判断を行いました。

 検察官の特別抗告断念を受けて、ようやく2023年10月より静岡地裁で再審公判が開かれました。その結果、9月26日の判決は、袴田巌さんの事件について無罪であるとの判断を行ったのです。

 判決は、袴田さんの犯人性に関する証拠には「3つの捏造」があるから排除するとしたうえで、他の証拠によって袴田さんを犯人であると認めることはできないとして、無罪を言い渡しました。

 第一に、袴田さんの自白に関する検察官調書は、黙秘権を侵害し、肉体的・身体的苦痛を与えるような非人道的な取調べによって確保された虚偽の内容を含むもので、実質的に捏造されたものといえるから、任意性を欠くとしました。第二に、5点の衣類には捜査機関による加工がなされ、捜査機関によってみそタンクに隠されたと認められると述べました。そして、最後に、5点の衣類のうち鉄紺色のズボンの共布とされる端切れも、捜査官によって捏造されたものであるとしました。そして、これらの3つ以外の事実関係からは、袴田さんを犯人であるとはいえないとしました。
 捜査機関の捏造等の違法捜査を鋭く批判し、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を踏まえた判決に、私たちは敬意を表します。

 無罪判決の決め手になったのは、5点の衣類の血痕のカラー写真でした。この写真は,袴田さんの逮捕から1年2か月後に,5点の衣類が「発見」されたときに撮影されたもので,今から57年前には存在していたのです。今回の無罪判決が指摘していることは、目新しいことではなく、確定1審判決でも指摘することが十分可能だった事実なのです。
 5点の衣類の血痕のカラー写真を隠し続けた警察・検察の責任は、きわめて重大です。確定審でも5点の衣類は捏造されたものではないかという疑いはあったのですから、裁判官の責任も重いといえます。

 2014年の再審開始決定から無罪判決までに、10年間もの期間を要しました。その間、東京高裁が再審開始決定を取り消し、最高裁でも2名の裁判官が再審開始を主張していたにもかかわらず、3名の裁判官が破棄差戻としたため,さらに審理が長引いたことも見逃すことができません。
 すでに事件発生から58年が経過し、袴田さんは88歳、ひで子さんは91歳の誕生日をむかえました。一刻の猶予も許されません。検察官は控訴を断念し、迅速な判決の確定に協力すべきです。

 最高検察庁は「検察の理念」のなかで、「あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない」としたうえで、「無実の者を罰(する)…ことにならないよう、知力を尽くして、事案の真相解明に取り組む」と宣言しています。また、「常に内省しつつ経験から学び行動する」ともしています。2011年に公表された「理念」は、郵便不正事件等の重大なえん罪事件を受けたものです。私たちは、検察がこの理念のとおり、無罪判決に真摯に向き合うことを求めます。

 袴田事件は、無辜の市民に対して死刑判決を言い渡してしまうような重大な欠陥がこの国の刑事司法にあること、その後の救済も遅延してしまうことを示しています。無罪判決を言い渡すべき事件が迅速に救済されるシステムの構築が急務ですし、そのための人的・制度的支援が不可欠です。

 謙虚に司法の過ちと向き合って、えん罪事件を真摯に検証し、その教訓を刑事司法制度や運用の改善につなげることが必要です。判決が指摘するように、袴田さんの有罪判決の根拠となった自白は、長期間の身体拘束を利用した長時間の取調べで得られたものです。「人質司法」ともよばれるこのような実務のあり方は、現在も基本的に変わっていません。

 その他、本件で明らかになった再審請求段階での証拠開示や、検察官の抗告禁止をはじめとする再審制度の諸改革も急務です。日本の死刑制度のあり方についても再検討が必要でしょう。私たちは、袴田事件を受けて、刑事司法全体に対する真の検証が行われることを求めます。

 私たちは、このたびの静岡地方裁判所の判断を支持するとともに、一刻も早く無罪判決が確定し、袴田さん姉弟に刑事手続から解放された、真に自由な生活が戻るよう、検察庁に対して控訴をしないよう求めます。

以上

2024年9月29日
一般財団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパン