取調べ録音録画映像公開による警鐘
「ガキだよね、あなたって」「僕ちゃん強くないし、弁護士として」「刑事弁護を趣味でしかやれない人。プロではない」
上から馬鹿にするような表情と言葉遣いで揶揄してくる検察官には、まず腹が立った。そして傷ついた。
元弁護士の江口大和さんは、2018年10月15日、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検特別検察官部に逮捕された。その2年前に起きた無免許運転の死亡事故をめぐり、運転していた男にうその供述をさせたという容疑だった。 江口さんは「事実無根。これ以上話すことはない」と述べ、その後は一貫して黙秘した。
起訴される前は証拠を見ることができず、2年も前の出来事について記憶を復元することは難しい。しかし、逮捕後の録音録画された状況で間違った事実関係を話すと、そのことが不利な証拠となってしまう。不確かな記憶で供述をしないためには、黙秘するのが最善の選択だった 。江口さんは黙秘をしながらも、検察官の発言と表情を弁護人に伝えようと努めた。目を半開きにして深呼吸をし、検察官の言葉をしっかり聴き取ろうとした。
しかし取り調べは21日間続き、合計で56時間に及んだ。検察官の攻撃は江口さんの人間性、弁護士としての能力、また弁護人や大学時代の恩師、司法研修所時代の恩師にまで及んだ。
最終的に執行猶予付きの有罪が確定した江口さんは、人権を侵害する違法な取り調べがあったとし、国に対して損害賠償を求め提訴した。江口さんが経験した250日間の勾留期間、そして取り調べの手法は日本の「人質司法」の現状を物語っている。
(※写真は江口さんが勾留中に記したメモ)
拷問的な取り調べ:「サンドバッグのように延々と罵詈(ばり)雑言」
江口さんが黙秘権を行使すると検察官に伝えたのは、逮捕翌日の取り調べの冒頭だった。しかし、取り調べはそのまま続いた。これは黙秘権侵害であって自白の強要そのものだと、江口さんの弁護人は勾留延長決定に対する不服申立ての書面で主張した。検察官はまったく聞く耳を持たず、むしろその主張さえも、江口さんと弁護人を罵倒する材料に用いた。
「着眼点がトロいな」「稚拙な主張、なんだこれ」「下手クソなんだよ」
憲法上の権利である黙秘権が侵害されていると主張しただけで、このような罵詈雑言を浴びせられる。しかも検察官は、江口さんの主張の本質を批判するわけでもなく、江口さんの人格や能力をひたすら侮辱した。
「うっとうしいだけなんですよ。イライラさせる、人をね」、「面倒くさい、もうそれしかない。手強いなっていう感じにはならないんですよ」
接見が禁止されていた江口さんにとって、弁護人は唯一の支えの存在だった。黙秘権侵害を主張する内容も弁護人が考えたものだった。しかしながら検察官は、黙秘権侵害の主張はすべて江口さん自身が考えたのだろうという勝手な前提のもと、弁護人にそのような主張をさせるのは「可哀想」、「評価が落ちちゃう」などと批判した。
(※写真は江口さんが勾留中に記したメモ)
検察官はまた、江口さんと弁護人との関係を破壊しようとするような発言もした。「(弁護人に)きちんと真実をね、語らないと、そういう人(弁護人)もだますことになっちゃう」、「(弁護人も)本当の事実関係を知りたいと思ってるはずだと思いますよ」と述べた。
江口さんは、このような検察官の発言に怒りを覚えた一方、もしかして弁護人も自分のことを疑っているのではないか、という不安の気持ちも芽生えた。弁護人は信じてくれているはずだと思うものの、ふとした時に、「でも、接見の時のあの表情、あの反応は、自分の話に疑いを抱いていたんじゃないか?」と心配になってしまう。
その影響は接見にも表れた。接見室で弁護人と話している時も、「この話をしたら、先生たちから疑われてしまうんじゃないか」と心配になって、それまでのように気兼ねなく話すことができなくなった。江口さんにとって、接見室さえも、緊張を強いられる場になってしまった。
検察官は、あらゆる手段で江口さんの人間性を侮辱し、孤立していた江口さんの不安を煽った。その矛先は中学校の成績にも及んだ。
「あなたの中学校の成績見てたら、あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですね。なんかちょっとさ、論理性がズレてるんだよなあ」
さらに、司法研修所時代の刑事弁護教官のことも槍玉に挙げた。
「誰? 刑弁教官。聞きにいこうかなあ、どういう教育してんだって。なんでこんなことになってんだって。そうだ、調べりゃわかるから、ちょっとやるか。法廷に立ってもらうか。そういうのも必要だよねえ。おかしいよねえ、こんな弁護士生み出して」
18年ほども前の中学時代の成績を掘り出し、恩師である刑事弁護教官を侮辱するような発言には怒りがわいた。しかし、真顔で話す検察官の顔を見ていると、本当に恩師をも取り調べ、法廷に呼び出すのではないかと思えてきて、怒りとともに、お世話になった人に迷惑をかけてしまうという不安に陥った。
(※写真は江口さんが勾留中に記したメモ)
人質司法という「システム」:
江口さんはいま、人質司法について、敵の顔が見えない「システム」と呼び、3つの要素で成り立っていると説明する。
1つ目は、黙秘や否認をすると身柄拘束が長期化するという保釈実務。江口さんは「否認や黙秘をすると身柄拘束が延びるぞ」と捜査官から煽られ、いつ保釈されるかわからない不安が募り、争う気力を失いそうになるという。
2つ目は、取り調べや収容施設の処遇。取調室では捜査官から侮辱的な言葉を長時間浴びせられ、収容施設内では名前でなく番号で呼称することを強いられるか、もしくは名前を呼び捨てにされる。また、何をするにも施設長に「お願い」しなければならないという立場に置かれる。このように収容施設内では、対等な立場での処遇、人間的な交流というものが存在しない。
3つ目が、気分転換を妨げる閉鎖的な環境だという。2畳半の独房に閉じ込められ、太陽の光を浴びられない、外部の情報が入ってこないなど、閉鎖的な拘置所での生活が続く。江口さんは、そのような環境では気分転換ができず、その結果、取調検察官の言うことがいちいち重大事のように感じられ、悪い自己暗示をしてしまい、精神的なダメージが増幅したと振り返っている。
そして、この3つのファクターは相互に補強し合い、しかも、どのファクターの担当者も、何ら責任を負わない。拷問的な取り調べや処遇を体験した江口さんだからこそ分かる、人質司法の実態と構造である。
(※写真は江口さんが勾留中に記したメモ)
江口さんの取り調べ動画は、2024年1月、民事訴訟の証拠として法廷で再生され、ネット上でも公開された。
「精神的拷問」を経験したからこそ見えた日本の刑事司法の問題点に焦点を当て、議論の素材を社会に提供し、変化を求める。江口さんの活動はこれからも続く。
関連リンク:
【動画公開】人質司法サバイバー国会 – イノセンス・プロジェクト・ジャパン Official web site (innocenceprojectjapan.org)
弁護士である被告人、黙秘を告げるも検察官は罵倒し続けた。「人質司法サバイバー国会」報告(第7回)(赤澤竜也) – エキスパート – Yahoo!ニュース