甲南大学IPJ学生ボランティアは、夏休みの研修として、有志で豊川事件の現地調査を行いました。現地調査に先立って事前学習を行い、研修1日目には豊川事件弁護団の弁護団長の後藤昌弘先生、元裁判官であり現在は弁護団の一員の長谷川恭弘先生にご講演いただきました。
【事件概要】
豊川事件は、2002年7月28日の深夜に愛知県豊川市で発生した未成年誘拐殺人事件です。市内のゲームセンターに駐車中の自動車から、当時1歳10か月の男児がいなくなり、その後、海で水死体となって発見されました。犯行を直接見た人はおらず、また犯人を特定する客観的な証拠もなかったことから、捜査は難航しました。そんな中、「ワゴンRを所有しており、その車で長期間寝泊まりしていたこと」、「事件当夜にワゴンRがゲームセンターの駐車場に停まっていたという目撃供述があったこと」、「警察からの事情聴取の際に説明したアリバイと事実に異なる点があったこと」から、Tさんが被疑者として浮上しました。そして、2003年4月に犯行を自白し逮捕され、同年5月に起訴されました。
裁判では、Tさんの自白の信用性が争点となりました。第一審では、Tさんの自白は信用できないとして無罪判決が出たものの、控訴審では自白は信用できるとして懲役17年の逆転有罪判決となり、上告が棄却されたため有罪判決が確定しました。Tさんは2016年に再審を請求しましたが、新証拠には「明白性」(刑訴法435条6号)が認められないとして名古屋高裁は請求を棄却し、続く異議申立てや特別抗告も棄却されました。現在は、第二次再審請求に向けた準備が進められています。
【後藤昌弘先生のご講演】
後藤昌弘先生にご講演いただきましたが、改めて豊川事件における警察の取調べの方法や裁判所の対応などには納得できない点が多くありました。
第一に警察官による取調べです。Tさんは事件発生から9カ月後に任意同行に応じ、警察が手配したホテルなどに泊まり、約44時間に及ぶ取調べの末に犯行を自白して逮捕されました。ここで着目したいのは、警察はTさんが「自宅に帰りたくない」と言ったとして、ホテルを手配して宿泊させた点です。田邉さんは所有するワゴンRで車中泊する生活を長期間続けており、そもそも自宅に帰っていなかったので、それまで通り車中泊をすればよかったはずです。にもかかわらず、Tさんが「自宅に帰りたくない」といって、ホテルへの宿泊を希望するのには違和感があります。さらに、宿泊については、ベランダ付きの部屋で、常に警察官がTさんを見張っているという事実上の逮捕といってもよい状態だったようです。しかし警察官は「部屋には入らず、警察官らは廊下で待機していた。」、「午前2時に見張りを打ち切った。」などと証言しています。誘拐殺人という重大な罪を犯したと思われる被疑者の逃走を阻むためにホテルを手配したと考えられるところ、逃走経路となり得るベランダが部屋にあったにも関わらず、見張りを打ち切ったなどといった警察官の証言には違和感を覚えます。
次に、裁判所の対応についてです。第一審で無罪判決が出たことで検察官が控訴し、逆転有罪判決が出ました。その際、名古屋高等裁判所は、当初から、控訴審においても証拠調べを行う予定だったようです。裁判所が審理をする上で、証拠等を調べるというのは、適切な判断を下すために必要でしょう。しかし、現行刑訴法における控訴審とは、原判決の当否を審査するものであり、基本的に、証拠調べ等を行って、事件の全体を改めて見直すものではありません。例外的に、裁判所の裁量で「必要があるとき」に限って行われる場合があるものの(刑訴法393条1項)、第一審の判決文を読むと、Tさんが犯人であるとする客観的な証拠がないのは明白であり、再度証拠を調べ直す必要はないと思われます。それにもかかわらず名古屋高裁が証拠調べを行ったのは、最初から第一審の無罪判決を覆そうとしていたとしか考えられません。そうであれば、であるならば、名古屋高裁の対応は到底認められるものではありません。[永湯 将1.1]
再審請求審においては、事実取り調べ等を行うことなく、新証拠には明白性が認められないとして、[SN2.1]再審請求棄却の判断を下しました。刑訴法445条によると、事実調べを行うかは裁判所に裁量が認められています。控訴審では裁量権の傘に隠れて不当に証拠調べを行っていながら、再審請求審では事実取調べを行わないのは、担当した裁判官が変わっていることを踏まえても、裁判所の対応としては適切とは言えないでしょう。[SN3.1]再審は誤判によるえん罪から被告人を救済するために設けられた制度であるはずなのに、証拠や事実を吟味することなく棄却の判断を下した名古屋高裁の判断には納得がいきません。[SK4.1]
一学生でしかない私でさえ、講演を通して、また判決文等を読んで、警察の捜査手法や証言、控訴審と再審請求審の名古屋高裁の対応には疑問を感じています。Tさんは刑期を終えて既に出所しており、無罪を証明するために闘っておられます。T
さんのような、えん罪被害者の方々は数多くいらっしゃいます。再審がよりえん罪被害者の方々に寄り添った形で執り行われることを祈るとともに、微力ではありますが、このような形でえん罪や再審の問題について皆さんに発信する活動を今後も継続していきたいと思います。
【甲南大学法学部3回生 永湯将】

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愛知県豊川市で起きた男児連れ去り事件についての現地調査を行うにあたり、事前に裁判所の判決文や決定文を中心に調べました。
この事件は、2002年7月28日の深夜に、ゲームセンターの駐車場に止められていた車内から当時1歳10か月の男児が連れ去られ、数時間後に駐車場から約4キロメートル離れた海岸から水死体として発見された事件です。事件から9か月後の2003年4月13日、同じ駐車場で車中泊をしていたTさんが任意同行され、その後の取調べで自白したことで、被疑者となりました。送検された後に、Tさんは「やっていない」と言って、一連の犯行を否認しました。
本件は、目撃証言や物的証拠などの客観的証拠が乏しいため、起訴の大きな要因は自白によるものでした。そこで、裁判では自白の任意性や信用性についての審理が大きな争点となりました。
第一審の名古屋地方裁判所では、物的証拠が乏しく、自白の内容にも拭いきれない疑問があるため、被告人による犯行と認定するのは困難で、合理的な疑い入れる余地があるとして無罪とされました。
しかし、名古屋高等裁判所(控訴審)では、名古屋地裁と同じ自白と客観的証拠が問題となったにも関わらず、自白は信用性があるとして、懲役17年の逆転有罪が言い渡されたのです。最高裁でも有罪が維持され、確定しました。
その後、Tさんと弁護団は再審を請求しましたが、再審開始が認められず、現在は第二次再審請求を行うための準備に入っています。
私たちは、事件現場に関係するゲームセンターの駐車場で車内の幼児を連れ去る状況や海に投棄する状況など、自白に沿った行動が本当に可能だったかを現地で調べるために愛知県に赴きました。残念ながら、名古屋市の大雨の影響によって、豊川市での現地調査を行うことができませんでした。しかし、現在、再審請求を担当している2人の弁護士の先生方、後藤昌弘先生と長谷川恭弘先生[AK1.1]の話を伺うことができたことで、この事件には疑問点がいくつもあることが分かりました。
例えば、確定有罪判決の理由の中には、次のような記載がありました。
Tさんは任意同行後、翌日の取調べのために警察によってホテルに宿泊をさせられました。この際、Tさんの部屋の前には交代で警察官が見張りを立たっていましたが、途中で見張りを終了しました。途中で終わった理由は、被告人に自殺や逃亡の様子が見られなかったからだ、とのことでした。しかし、後藤昌弘弁護人[AK2.1]のお話によると、本当は異なる状況だったようです。つまり、本当は、Tさんが泊まる部屋には2人の警察官が同室に泊っており、さらに一人が部屋の前で見張りをしていたと警察が当初、裁判では証言していたのです。このように実質的に逮捕に至っているような直接の監視や身体拘束を行うには、通常、裁判所が発付する逮捕状が必要ですが、この時はまだありませんでした。そのため、この証言を貫けば、違法捜査となってしまいます。そこで、警察官は、裁判の途中で、先ほどの「見張りしかしていなかった」という旨の証言へと翻えらせたのです。また、部屋にはベランダがありました。しかし、警察官らは、部屋にベランダがあることには気付かなかったと証言を翻しました。仮に、本当に被疑者を一人で部屋に入れたとしたら、逃走経路などがないか部屋の中を確認するはずなのに、なぜ逃走経路となる可能性がもっとも高いベランダに気付かなかったのかという、根本的な疑問があります。
また、Tさんの自白の中には、駐車場から男児を車で連れ去る際に、男児にシートベルトをしたという内容がありました。しかし、男児と同じような体格の人形で実験すると、素肌が出ている首にシートベルトが当たり、摩擦の跡が残る可能性があります。自白の内容には疑問が出てくることが分かりました。
さらに、海へと男児を投棄したと自白した場所からの漂流経路が整合しないことや、Tさんの車内に男児に関わる痕跡が全く見つからなかったという様々な矛盾があることも分かりました。現地調査を行えていれば、他にもおかしな点や矛盾する点が色々と出てきたのではないかと思います。
これら以外にも様々な矛盾点やおかしな点があったにも関わらず、名古屋高裁ではこれらの点が認められず有罪判決となり、再審請求も棄却され、未だにTさんは罪を犯した人とされたままです。
本件では、客観的証拠がほとんどなく、自白のみで判断されているのが大きな問題点です。これは、これまで多くの冤罪事件でも共通しています。
袴田事件でも自白が有罪の大きな根拠となっていました。ですが、再審請求後に、検察側から多くの証拠物が出てきました。例を挙げれば最初は、犯行時に着ていたとされる「5点の衣類」の写真は白黒しかありませんでしたが、後からカラー写真が出てきました。このことで、衣類に付着していた血の色の矛盾点に気付けたことで、検察が有罪とする根拠を減殺する大きな要因となりました。本件の豊川事件でも検察や警察がまだ出してきていない証拠物があるはずです。例えば、被害男児が乗っていた車の微物を採取した際の鑑定書や、被害男児の発見現場付近の目撃情報に関する捜査書類などがあるはずです。
豊川事件を含め、冤罪である可能性が高いといわれている事件や、冤罪が明らかになった事件では、再審請求後から重要な証拠が出てくることがよくあります。検察側には、集めた証拠すべてを法廷に出す義務がないからです。検察は国家権力により集められた証拠物を見ることができますが、反対に被告人側には集められる証拠には限りがあります。お互いの主張を立証するための証拠の量や質に違いが出てきてしまうのです。これでは、被告人側は最初から不利な立場となり、対して検察側は豊富な証拠物の中から自分たちの立証に有利な物だけを選んで法廷に立つことができてしまいます。もっとも効果的な冤罪防止は、不正が明らかになる仕組みではないかと、豊川事件の弁護団の長谷川恭弘先生は仰っていました。「自分の行なった行為について、後に第三者による検証が予想される場合には、より慎重に行動するように心理的強制が働く。」
そのため、検察側が集めた証拠や資料を必ず検証する仕組みがあれば、検察が自分たちの立証に不利な証拠を隠滅や隠匿などがばれないと思うから行なった、不正が必ずばれるまたは不正をさせないようにする仕組みが必要であると仰っていました。
しかしながら、不正を暴く仕組みはおろか、2026年7月に成立した再審法改正でも、証拠開示は限定的で、目的外使用と呼ばれる被告人側が無罪を立証するための重要な手段が禁止されてしまったのです。目的外使用の改正された内容は再審請求者や弁護人は開示証拠を再審手続きやその準備以外の目的で他人に提供してはならないと定められた規定です。つまり、今までは、証拠開示された証拠物を第三者に共有し、検証を行うのは法的手続きが不要であったため、支援者やマスコミに共有し、一緒に検証を行う事が出来ていたのが、禁止されるということです。
これはとても大きな制約であり、袴田事件でも証拠開示されたカラー写真の衣類についた血痕の濃度が支援者の方がおかしいと気づき、実験をしたことで実験内容と写真の内容の矛盾があることに気付けました。また、報道関係者に共有したことが世の中の人に袴田事件は冤罪であると周知したことで大きな世論となることができました。そのためこれらの内容が盛り込まれた再審法改正は改悪と言われるほどであり、冤罪を生んでしまう根本的な問題点は多く残ったままです。
多くの問題点がありますが、私たちにもできることはあります。
私たちがこの事件は冤罪なのではと疑い、疑問が伝播し世論の声が大きくなれば、裁判所や検察も世論を無視することができにくくなるのではないでしょうか。証拠開示を受け入れたり、冤罪原因を究明することに力を入れさせることができる可能性もあります。そのため、再審請求をすすめて無罪判決を出せることができれば、他の冤罪事件の大きな後押しにすることができます。そして、お含み頂きたいことがあります。それは、冤罪事件は普通に暮らしていた人たちに降りかかることという事です。袴田事件の冤罪被害者であるHさんは離れたところに暮らしていた家族を支えるために味噌会社で下宿して働いていた人でした。本件のHさんも家族のためにトラックドライバーとして働き、犯罪とは無関係な人という事です。それがとある日やってもいない犯罪の犯人として警察に連れていかれ、極度の恐怖と不安によって解放されたい思いがやってもいない犯行の自白という形になり、世間では犯人、法廷では被告人という形にされるのです。ですので、冤罪事件は対岸の火事ではなく、交通事故のように誰に起こってもおかしくありません。少しでも冤罪事件に関心を持っていただければ幸いです。
【甲南大学3回生 貴志純宇・嵯峨山聖音】




