2002年に起こった豊川事件について、後藤昌弘弁護団長とともに、長谷川恭弘先生にもお話を伺いました。
豊川事件は、愛知県豊川市のゲームセンターの駐車場に停められていた車から、当時 1 歳 10 ヶ月だった男児が連れ去られ、岸壁から海に投げ落として殺害されたとされる、えん罪事件です。
長谷川先生は元裁判官で、民事事件や行政事件を担当されていました。生活保護減額訴訟での画期的な逆転勝訴判決や、DNA型データ抹消に関する判決を出したことでも広く知られる方です。先生は、退官後に豊川事件について後藤昌弘弁護士から聞き、刑事記録を読まれ、同事件の有罪判決が刑事事件の大原則である「疑わしきは罰せず」に反していると考えられたそうです。豊川事件は客観的な証拠が全くなく、有罪判決の決め手となる証拠とされたのは、当事者であるTさんの変遷の激しい自白だけでした。
再審請求をするには無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠(刑訴法435条6号)が必要ですが、豊川事件ではそもそも証拠自体がほとんどありません。ゆえに、弁護団が再審請求をするための新証拠を捜すのも容易ではないようです。
私も控訴審の判決文を読みましたが、第一審の無罪判決と比較して、説得力がないように思いました。豊川事件ではTさんの自白を信用できるかどうかで、一審と控訴審とで結論が分かれました。第一審では、犯行を裏付ける客観証拠がなく、自白の信用性にも疑いがあることから、「合理的疑いを入れる余地がある」として無罪を言い渡しました。一方、控訴審では、自白について「半割れ」状態と認め、さらに犯行の根幹部分は信用できるとし、Tさんが犯行現場に寝泊まりをしていたことや虚偽の弁解をしたことなどについて、「Tさんの犯人性を裏付ける事情である」として有罪を言い渡しました。しかし、犯行を直接見たという目撃証言などはなく、また犯行現場まで運んだとされるTさんのワゴンRの中からは被害児に関連する微物などは採取されていません。控訴審では、これらの客観証拠なしに有罪とされてしまいました。本当に検察官による立証が合理的な疑いを超える程度に達しているのかについて、大きな疑問が残りました。「疑わしきは被告人の利益に」との刑事事件の大原則に反する結果に思えます。
福井女子中学生殺人事件や袴田事件でも再審請求段階における証拠開示が再審開始の決め手となったように、豊川事件でも、被害児の父親の車の中に遺留された指紋、Tさんの車から採取された微物などのDNA鑑定の結果、当時の目撃情報に関する捜査書類など、いまだTさんや弁護人に対して開示されていない証拠が存在する可能性があると考えます。検察官は、これらの未開示証拠を開示したうえで、検討する必要があるのではないかと思いました。
そもそもこうした冤罪を防止するにはどうすればいいのでしょうか。長谷川先生によれば、証拠開示により検証を行うことが最も効果的な冤罪防止につながるとのことでした。一般的に、人間は、自分の行った行為について、後に第三者による検証が予想される場合には、より慎重に行動するという心理的な働きが生じます。そのため、第三者による検証を可能にするためには、まず、正確で十分な資料が必要です。冤罪を防止するためには、検察官がどのような証拠を収集し、それらを見た上でどのように判断したのかを検証できる仕組みが重要です。不正を防ぐためには、後に第三者によって検証される仕組みを整える必要があると、長谷川先生のお話を聞いて感じました。
長谷川先生のお話によれば、国家賠償請求事件では、検察官が収集した証拠資料を確認する必要があるとされてきました。しかし、これらの刑事記録を民事裁判で証拠として利用することには制限があります。そこで、民事事件の裁判所が必要と判断した場合に、刑事記録の提出を命じることができるかが問題となります。最高裁判例では、記録の提出を拒むことが保管者の裁量権の逸脱・濫用にあたる場合には、裁判所は提出を命じることができるとされています。しかし提出命令までには時間がかかり、提出命令を出さない裁判体もあります。そこで、長谷川先生はこの点に関する民事訴訟法の規定を改正すべきとおっしゃっていました。長谷川先生のお話を伺い、この点に関する民事訴訟法の改正が必要であると考えました。民事訴訟法では、刑事記録についても裁判官に提出義務を課すことや、裁判官が文書を閲読し判断できるインカメラ手続きを導入した方がいいのではないかと思いました。
本件で被告人とされたTさんは、トラックドライバーとして勤務し普通の日常を送っていたところ、今回の事件により逮捕され、強引な取り調べにより自白をやむなくされました。その自白により有罪判決が確定し、懲役17年もの長い刑期を過[i]ごされました。Tさんは現在、弁護団とともに再審請求の準備を続けられています。
自分や周りの人など、多くの人がこうした冤罪事件に遭い、かけがいのない自由と時間を失うことがないよう、これからも冤罪を防ぐにはどうしたらいいかを考え、実際に行動していきたいです。
甲南大学法学部1回生 小畠千紘



