【コラム】韓国の科学捜査が凄い!-韓国調査旅行記(2)ー法科学研究院

1 積極的に鑑定に従事するNFS

 韓国の国立法科学研究院(NFS: National Forensic Service)は日本の科学警察研究所(科警研)に相当する研究所である。視察して初めて知ったのであるが、NFSは日常的に鑑定を実施しているのである。法科学研究所が鑑定するのは当たり前と思われるかもしれないが、日本の科警研は研究が主な業務で、よほどの事件でなければ鑑定しない。現役当時、分析機器がなく科警研にお願いしたところ「機械は貸すので検査に来るように」との返答であった。科警研は極力、実際に事件に関与することを避けているようにみえるが、韓国のNFSは日常の鑑定の他、広域重要事件や未解決事件などの鑑定を積極的に実施しているのである。捜査に直結しているため捜査支援システムの開発も盛んである。

 このような批判に対して「科警研では大量一括方式による被疑者DNA型鑑定を年に数万件実施している」と反論が出るかもしれない。しかし、科警研で実施される大量一括方式のDNA型鑑定は被疑者の口腔内細胞のDNA型であって、現場遺留の微量資料や混合資料など高度の技術を要する鑑定とは異なり格段に容易な鑑定で、しかも鑑定の実働は府県の科捜研から出向させた科捜研職員なのである。

2 独立行政法人のNFS

 NFSは1955年に警察庁から分離され内務省に所属していた。これは科学の専門家が鑑定業務に専念できるようにとの政府の意向であった。その後2006年にNFSは独立行政法人化された。ヒューストン市警察部から2012年に分離・独立し地方団体法人となった「ヒューストン法科学センター[1]」より6年早いできごとである。

 法科学研究所が訴追機関から独立することのメリットは、第1に警察庁と対等の立場で予算、企画、運営ができること、第2にバイアスの流入が防止でき、科学的中立性・透明性・独立性)が図られることにより、科学鑑定の信頼性が高まることである。科警研は現在も警察庁内の付置機関として所属している。

3 NFSは検視局(Medical Examiner)の機能を持っている

 私は以前にニューヨーク市検視局(OCME: Office of Chief Medical Examiner)を視察したことがあるが、これとほぼ同様のシステムが取り入れられている。NFSには法医学部があって、医師が司法解剖を日常的に実施している。NFS内には法科学部があって、ここには法DNA課・法薬毒物課・法化学課があり、解剖医の指示でDNA型鑑定や薬毒物鑑定が可能であることにより、死因究明など検視業務が迅速かつ正確に遂行できるのである。日本でいえば監察医事務所があるがDNA型や薬毒物担当の係が組織だって構成されているわけではない。解剖は国内の大学の法医学教室でも実施されるが、NFSが解剖業務を管理監督している

4 本部と支部研究所

 NFSには本部研究院と支部の研究所が6ヶ所存在する(ソウル・釜山・大邱・全南・大田・済州島)。本部研究院は支部を統括する立場にあるが、人員はローテーションで本部と支部間を異動する。本部研究院は、元はソウル市内にあったが、2013年に江原道原州市にあった東部支部研究所を廃止してここに移設され、旧本部研究院はソウル支部研究所(ソウル科学捜査研究所)となっている。

 これらの支部研究所はそれぞれの管轄(特別市や道)の事件の鑑定を行い、本部研究院も江原道の事件の鑑定の他、広域事件・各地方の重要事件・コールドケースなどの鑑定を幅広く実施している。なお、鑑定の依頼先は警察、検察関係および裁判所であり、弁護人からの鑑定依頼は受け付けていない。

 現代の犯罪は、モータリゼーションによって広域化し、デジタル化・ソーシャルネットワーク化によってグローバル化している。このような情勢に対応できるよう、韓国のようにより広い領域を管轄できる科学捜査が求められる。例えば地方の科捜研を科警研の支部として再編(例えば東京・大阪の大都市と関東地方・近畿地方などの管区に1ヶ所)すれば、広域事件に迅速・的確に対応可能となると考えられる。科警研は関東地方の鑑定業務を担うこととすれば、NFSのように捜査支援のための研究が活発になるものと期待される。

NFS玄関ロビーにて

平岡 義博(ひらおか・よしひろ)

(3)に続く


[1] 平岡義博「ヒューストン法科学センターの取り組み(上)」季刊刑事弁護96号(2018年)106-111頁。