【学生ボランティア(京都女子大学)】豊川事件調査レポート

豊川事件の現地調査と意見交換会

京女IPJ学生ボランティアのメンバーと刑事訴訟法ゼミの共同で、豊川事件の現地調査を行いました。当日は、再審弁護団から5名の先生にご参加いただき、事件に関する様々な質問にも答えていただきました。

事件の概要

豊川事件は、2002年7月28日午前1時過ぎに、豊川市内のゲームセンター駐車場から、当時1歳10ヶ月の幼児が何者かに連れ去られ、直線距離として4キロ離れた御津町の海岸で溺死した状態で発見された事件です。

物的証拠がない中、幼児を自動車助手席に乗せて連れ去り、その後海面に投棄して殺害したとして、事件当夜に同じ駐車場にいたとされるトラック運転手の田邉さんが犯人とされました。

第一審名古屋地裁は、田邉さんが犯人であることを証明する直接証拠がないとして無罪と判断しました。しかし、控訴審の名古屋高裁が逆転有罪判決を言い渡し、その後の上告審でもその判決が維持されて、田邉さんの有罪が確定しました。

田邉さんは2016年に名古屋高裁に対して再審を求めましたが、2019年に請求が棄却され、それに対する異議申立ても2023年に棄却されました(現在特別抗告中)。田邉さんは2022年に出所し、現在は弁護団や「田邉さんを守る会」とともに雪冤に向けた活動を行っています。

                                          京都女子大学3回生 森 さくら

現地調査の内容

再審弁護団の先生方や「田邉さんを守る会」の方々にも協力していただいて、現地調査を実施しました。

(1)幼児が略取された現場での実験

赤ちゃんの泣き声の動画を最大音量で流しながら、幼児に見立てた人形を車の窓から略取する実験をしました。

田邉さんの車と同じワゴンRを自白通りの位置に停めて実験をしたところ、ワゴンRの中からは、泣き声はかすかにしか聞こえませんでした。幼児の泣き声で睡眠を邪魔されたことが略取の動機とされていますが、動機としては弱いように感じました。

また、指紋や毛髪などの痕跡を全く残さずに車の窓から赤子を奪取するのはとても難しいと感じました。加えて、窓はドアと比較してスペースが狭いため、人形でさえ取り出すのがスムーズにはできず、時間がかかってしまうこともわかりました。そして幼児が乗っていた車から田邉さんの車までは思っていたよりも距離があり、幼児が泣いていたのであれば、かなり目立ったのではないかと思いました。周囲に車が止まっていたのに誰もその場面を目撃していないのは不自然ではないかと感じました。

(2)略取後の経路の確認

田邉さんは、幼児を車に乗せて駐車場を出た最初の信号が「赤信号」だったので停止して幼児にシートベルトを掛けるなどしたと自白しています。しかし、弁護団が事件と同じ深夜帯に走行実験を行ったところ、信号は点滅信号であったことがわかったそうです。実際にみてみると、本当に駐車場を出たすぐのところにあり、これが点滅信号であったとすると、略取した直後であればいち早く現場から立ち去ろうとするのが普通であるし、そんなところでわざわざ停止してシートベルトを付けるぐらいなら最初から付けている方が良いのではないかという気もしました。

(3)海での投棄実験

田邉さんの自白では、幼児を海に突き落とした、あるいはバスケットボールのように海に投げ入れたことになっていますが、幼児には傷がついていなかったという点を私たちは疑問に感じました。事件当時と条件が違うので(当時より水深が浅い点と、人の皮膚ではなく牛皮を使用した点)断定はできませんが、有罪判決では外傷のつかない方法とされていたバスケットボールのように投げる方法で実験しても、牛皮を巻き付けた人形の側面に約10㎝程度の擦り傷がつきました。そもそも、守る会の方が用意して下さった木造の約10㎏の人形を3m先まで投げ入れる(3m先でないと捨て石にぶつかる)のは困難でした。また、足場が約1mしかなく狭かったです。勢いよく投げる方法だと投げる側のリスクもありそうです。それなのに、そのような投げ方をしたことも疑問に思います。以上のことから、自白通りであるとすれば、不自然であると考えます。

                                         京都女子大学3回生 鍋島詩央里

感想

田邉さんは幼児を海に投棄した時のことについて「幼児が藻掻いている様子を見た」と供述していますが、大方の子どもは静かに沈んでいくそうです(本能的溺水反応)。深夜で視界が良くないという状況も考えると、幼児が水中で藻掻いている姿を見るのは難しいと思います。

幼児に見立てた人形を車窓から出すとき、持ち上げるのも困難だったので、特に子どもは暴れるかもしれないということも考えると、実際は実験よりも余計難しいのではないかと感じました。田邉さんの車と幼児の車とは意外に離れており、泣いている幼児を運ぶのは目立つため、誰も見ていないのは不自然だと思いました。また、幼児の車から赤ちゃんの泣き声(動画YouTubeより)を流してみましたが、田邉さんの睡眠を妨害するような大きさだったとは思えません。田邉さんの車から幼児の皮膚組織、衣服の繊維などの痕跡が全く見つからなかったのも疑問に思います。

犯行時の田邉さんの一連の行動を再現してみましたが、海に向かう移動中、幼児を遺棄できる場所はいくつもありました。田邉さんが当初幼児を遺棄しようと考えた場所とされる小さな公園は、トラックや車が何台か止っており、休憩所として利用している人も多いようでした。しかし、途中の経路には街灯や建物が少なく、所々草木が生い茂っている場所もあったため、わざわざ海まで行って投げ捨てる必要はなかったのではないかと考えました。また、海沿いの道は、犯行時刻の深夜ではかなり暗くなり、足下も不安定だったと推測されます。田邉さん自身もガードレールを越える際や投げ入れる際に幼児と一緒に海に落ちてしまうおそれもあり、供述のような投げ方をするのは不自然だと感じました。

弁護団の小林先生からは、現地調査の重要性についても教えていただきました。小林先生によると、無罪判決を書いた第一審の裁判官は実際に事件現場を訪れて調査をしたのに対し、田邉さんを有罪とした第二審の裁判官はそのようなことを行わなかったそうです。今回私たちは実際の事件現場を訪れ、実験も伴う調査を行ったことにより、文字や写真の資料を検討しただけでは分からなかった新たな気づきがあり、私たちなりに様々な疑問点や不自然な点を発見することができました。

この現地調査と意見交換会で得ることのできた貴重な知見を今後の学習に活かしたいと思います。また、関わって下さった弁護団および守る会の方々に深く感謝申し上げます。

                                          京都女子大学3回生 當野愛加