【コラム】えん罪救済センターからの歩み(1)

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連載開始にあたって

 IPJ設立8周年の機会に、IPJの前身である「えん罪救済センター」NEWSのバックナンバーを読み返しました。えん罪救済に向けた歩みが途切れることなく進んできたことを実感すると同時に、いまだ解決されていないえん罪事件があること、新たなえん罪が続いていることを思い知ります。しかし、えん罪問題に関心を抱き、IPJを支えてくださるサポーターが増えたことは間違いありません。皆さまへの感謝も込めて、「えん罪救済センター」NEWSから、いくつかの記事をご紹介したいと思います。

科学者ネットワーク委員長・稲葉光行(当時はえん罪救済センター代表)

 まずは設立後初めての配信、2016年4月のNo.1を見てみましょう。足利事件、布川事件、東電女子社員殺人事件、東住吉事件といった、多くの再審無罪事件が注目を集めていた時期のことでした。日本の司法制度改革に関する社会的な関心も高まるなか、センターは2016年3月に立ち上げシンポジウムを連続開催しています。第1回は「死刑えん罪とDNA鑑定」、第2回は「えん罪救済の新たな幕開け」。イノセンス・プロジェクトに携わる海外ゲストも招いたこれらのシンポジウムには、それぞれ150人を超える参加者があったとのことです。IPJ事務局長・笹倉香奈(当時はえん罪救済センター副代表)の開催レポートを以下に転載します。

*レポート中の肩書きは2016年3月のものです。

立ち上げシンポジウム報告

 センターの設立に先立ちまして、2016 年3 月18 日・20 日に立ち上げシンポジウムを開催しました。3 月18 日は東京のTKC 本社研修室にて、シンポジウム「死刑えん罪とDNA 鑑定」を、3 月20 日は大阪茨木市の立命館大学大阪いばらきキャンパスにて、シンポジウム「えん罪救済の新たな幕開け」を連続して開催し、いずれにも150 人を超える方にお越し頂きました。

 海外からも、冤罪救済に関わってこられた方々がゲストとして参加されました。アメリカからは、カリフォルニア州で20 年前にイノセンス・プロジェクトを設立し、現在では南アメリカの各地のプロジェクトを支援しているジャスティン・ブルックス氏(カリフォルニアウェスタン・ロースクール教授、イノセンス・ネットワーク国際部会共同議長)、オハイオ州のイノセンス・プロジェクトを率い、ヨーロッパのイノセンス・プロジェクトのネットワーク立ち上げに尽力しているマーク・ゴッドシー氏(シンシナティ大学ロースクール教授、イノセンス・ネットワーク国際部会共同議長)、そして、DNA 鑑定によって雪冤された最初の250件について詳細な分析を行い、アメリカにおける冤罪原因を実証的に明らかにした『冤罪を生む構造』(翻訳:笹倉・豊崎・本庄・徳永、日本評論社・2014 年)の著者であるブランドン・ギャレット氏(ヴァージニア大学ロースクール教授)の出席を得ました。また、以前から日本のメンバーと交流を深めてきた、台湾のイノセンス・プロジェクト「冤獄平反協会」から、理事長の羅乗成氏、代表の羅士翔氏、理事の金孟華氏、前代表の陳又寧氏にご参加頂きました。

 3 月18 日のシンポジウム「死刑えん罪とDNA 鑑定」では、アメリカの死刑事件における冤罪原因や問題を解決するための法改正の状況(ギャレット氏)やイノセンス・プロジェクトの活動の実際の様子(ブルックス氏)等に関する講演のほか、稲葉代表より「えん罪救済センター」の活動の概要についての講演がありました。また、パネル・ディスカッションでは、足利事件弁護団の佐藤博史弁護士、袴田事件弁護団の戸舘圭之弁護士から、日本における冤罪事件弁護の問題点やDNA 鑑定の意義について発言が行われました。

 参加者からは、「法律家以外の方が代表をつとめておられることに可能性を感じています。えん罪救済の弁護士・市民の活動は様々ありますが、なかなか横のつながり、情報、ノウハウの交流が実現できていません。プロジェクトがその柱となるよう願っています」、「米国のイノセンス・プロジェクトが草の根から始まった、特に学生たちの研究、調査、活動が大きな力となっていることに、力をいただいた。日本でも、たくさんの若い方にがんばってほしいし、〔中略〕科学、工学の分野の方々からも大きな支援をいただいて、えん罪問題の議論と改革(改善)にむけて、力を合わせていかなくてはいけないと思う」などの感想が寄せられました。

 3 月20 日のシンポジウム「えん罪救済の新たな幕開け」では、ギャレット氏、ブルックス氏、稲葉氏による講演のほか、日本で冤罪事件に関わってきた弁護士による講演やパネル・ディスカッション、コメントが行われ、日本における冤罪原因や冤罪事件弁護の現状と弁護人が直面する制度的・実務的な困難、そして「えん罪救済センター」への期待が語られました。ディスカッションにおいては、DNA 鑑定が冤罪を晴らす決め手になりうると同時に、使い方を誤れば、それが冤罪を生む道具にもなりうるという点の指摘もなされました。さらに、台湾のプロジェクトでは設立から4 年足らずで3 件の冤罪を晴らしていること、プロジェクトの活動が刑訴法の改正にも結び付きつつあることが紹介されました。

 シンポジウムでは、世界的な冤罪救済運動の意義も明らかになりました。
 冤罪の原因は、全世界で共通しています。虚偽の自白、誤った目撃証言、誤った科学鑑定、違法な捜査……そして冤罪原因を生んでいる制度的な要因にも共通点があります。冤罪を明らかにするために有用な手法も同じです。そうであるならば、冤罪の原因究明や防止のためには、諸外国においてどのような実践が行われてきたのかを学び、検証することが有用です。

 ゴッドシー氏の講演においては、全世界にまたがるイノセンス・ネットワーク(冤罪救済活動のためのネットワーク)のほか、南アメリカやヨーロッパで、類似した法制度を有している国々が提携し、地域ごとの国際冤罪救済ネットワークが生まれつつあることが紹介されました。
 アジアにおいてもこのようなネットワークを構築することも、我々の課題です。

 参加者からは、「えん罪をうみ出す構造について、諸外国と共通する部分と、日本がとくに大きな問題として有している部分と、整理して考察することができた」、「あらためて、このようなプロジェクトが必要であることを実感した。又、様々な分野の方が集結できるセンターが存在することが意義あることと思う」、「世界各国のえん罪事件の原因には共通点があり、えん罪救済のためには各国の協力が必要であるということを強く感じた。今後もイノセンス・プロジェクトの活動に参加していきたいと思った」などの感想をお寄せいただきました。

シンポジウムの様子(2016.3.20)