2023年7月より、IPJメンバーの平岡義博によるコラム「韓国の科学捜査がすごい!」を5回に渡って連載しました。また、2024年の連続セミナー第2回「法科学と鑑定制度」では、平岡が韓国・台湾・日本の法科学の最前線をお伝えしました。
今回から始まる新たなコラムでは、韓国の捜査体制について、2024年夏の調査旅行をもとに平岡がご報告します。
私(平岡)は、昨年3月に韓国国立警察大学と国立法科学研究院を訪れ、警察大学に法科学(科学捜査)の教育課程や研究機関があり、法科学研究院は警察とは別の独立機関であって、ISOなどの認証を受けて研究や鑑定を実施していることに驚いた(日本の警察大学には法科学の教育課程はなく、科学警察研究所は警察庁の附属機関で研究を主業務としている)。
その後、韓国の刑事捜査について調査する中で、科学的証拠やデジタル証拠がかなり重視され、法科学の警察内での地位も高いことが窺われた。日本では近年、サイバー捜査とデジタル証拠が重視されるようになっているが、科学的証拠は重視されてはいるものの科学捜査研究所の地位は低く、依然として捜査の道具として扱われていることは変わっていない。
そこで、韓国において、デジタル証拠や科学的証拠がどのように扱われているのか、「現場」を見るべく、関西学院大学の安部祥太准教授・同大学院研究員Park Jemin氏とともに、ソウル特別市警察庁のサイバー捜査課・科学捜査課(KCSI)・刑事課強力課、さらに大検察庁のデジタルフォレンジックセンター(NDFC)を視察した。このコラムではその概略を紹介する。
ソウル特別市警察庁(SMPA)捜査局
サイバー捜査部サイバー捜査課
韓国は、IT産業の先進国で技術革新指数は東アジアで1位、サイバー捜査力も世界有数と言われている(東亜日報,2011,1/6, https://www.donga.com/jp/article/all/20110106/412040/1)。
街中には防犯カメラがあふれ、路上駐車の車が多いため事件現場付近の車のドライブレコーダーが有力な情報を提供する。また、携帯電話の通話記録や位置情報、コンピュータなど情報機器のデータの解析は、サイバー捜査だけでなく通常の刑事捜査でも欠かせない。
これらの証拠は「デジタル証拠」と称され、「科学的証拠」とともに捜査に活用されている。
サイバー犯罪捜査の分担
サイバー犯罪の範囲は広く、韓国では複数の部署が分担し捜査する。
サイバー空間に上がってきた犯罪の多くは、ソウル警察庁のサイバー捜査部サイバー捜査課が担当し、ランサムウェアなど国際的な犯罪は国家警察庁(KNPA)が扱い、安全保障(セキュリティー)に関する捜査は、ソウル警察庁の安全保障局が担当する。また事件によっては警察庁サイバー捜査局のサイバーテロ捜査隊が捜査する。
これらの捜査機関で発生源や犯罪集団が判明すれば、その後の捜査は地方の警察署で行われるが、警察署で困難な事件は地方警察庁で捜査される。
デジタル証拠の理解
サイバー犯罪の証拠は、捜査員や検察官が理解して始めて起訴が可能になるため、検察官から説明を求められることがある。検察は必要となれば補充捜査を行う。裁判では調査者証言制度(※この制度は証人喚問とは異なる可能性がある)により証言する。ただ、判事や検事がデジタル証拠を理解することは難しいため、デジタル証拠の関係性を分析し可視化(グラフ化)する支援ソフトを用いている。
生成AIの捜査
生成AIを用いたフェイク情報がネット上に現れれば、これが作成された時点とこれに接続した時点がわかり、接続した人を絞り込むことができる。生成AIが多数になればこれらに対する標識が制度化されるだろう。AIによるフェイク画像などによる著作権侵害事件については、ソウル警察庁はあまり興味を示していない(→検察庁で捜査)。
デジタルフォレンジック課
デジタル証拠の取り出しと解析は、基本的にはソウル警察庁のサイバー捜査部デジタルフォレンジック課で行うが、警察が多忙な時、映像音声の解析が必要な場合は、国立法科学研究院(NFS)の支部の国立ソウル科学捜査研究所(国科捜査)に要請する。国科捜は裁判所の要請で再鑑定を行うこともある。
デジタル証拠の保存・保管
韓国の電気通信事業法で「通話記録、IP記録を一定期間保管」を定めているので、検察官や裁判官が保管要請をすれば令状に基づいて保管措置をする。また韓国は、2019年度にナショナルサイバーセキュリティ戦略を作成してブダペスト条約に加盟し、デジタル証拠の保存に関する立法を準備している。
科学捜査部科学捜査班(KCSI)
KCSIの業務
科学捜査部に、犯罪現場における鑑識活動を担う科学捜査班(KCSI)がある。事件が発生した管轄の警察署からの要請に基づき犯罪現場に出動する。ソウル市内の各警察署を数グループに分け分担している。そして、採取された資料について指紋・足こん跡などの鑑定を実施する。
日本の鑑識課の業務もソウル警察庁と同様であるが、行われている鑑定はそれだけではなく、その一部はソウル科学捜査研究所の鑑定と重なるものがある。例えば、DNA型鑑定、火災・爆発現場鑑識、ポリグラフ検査などである。DNA型鑑定は専用の分析機器で現場資料と被疑者資料の比較(異同識別)を行っている。
KCSIとソウル科学捜査研究所(国科捜)の関係
KCSIと国科捜の関係は、基本的にはKCSIが現場資料を採取し、国科捜に依頼する、という流れであるが、KCSIで可能な鑑定はKCSIで実施する。その理由は「国科捜の鑑定は時間がかかり、科学的証拠に基づく捜査に支障があるため」とのことである。
なお、困難な鑑定は国科捜に依頼するが、デジタルフォレンジクスは国科捜のデジタルフォレンジクス課よりソウル警察庁の方が優れているとのことである。
また、警察犬による臭気選別は犯人追跡にのみ利用し、被疑者を含めた5点臭気資料の鑑別は実施していない。
CSI KOREAの実態
「CSI KOREA」という国際シンポジウムが毎年開催されている。海外の科学者からの報告や協力があり、学融効果が生まれているという。この「CSI KOREA」は韓国警察庁が主導しており、ソウル警察庁のKCSIはこれに参加している(※前回の「韓国の科学捜査は凄い!」ではKCSIが主催、としたがこれは誤りで訂正します)。
その他にも、アジアの法科学者の集まりであるASFNにも参加している。
証拠品保管倉庫
証拠品保管倉庫は、証拠保管は訓令に基づきソウル市内の各警察署にあり、入退室をRFIDで管理している。
刑事部強力課
「強力課」とは捜査一課の強行犯係に相当し、殺人・放火・強盗・強姦・誘拐・立てこもりなどの凶悪犯罪の捜査を担う。今回、強力課に所属する刑事に話を伺うことができた。
捜査本部
凶悪事件・重大事件が発生すると、日本と同様に「捜査本部」が事件所轄の指導警察署に設置される(※前回の「『韓国の科学捜査が凄い!』では、日本の重大事件捜査は臨時の捜査本部で、韓国は常設の刑事課で行われる」としましたが、前記のように訂正します)。警察署の他にソウル警察庁から多数の捜査員が派遣され、捜査本部長の指揮のもとに実施される。ただし、捜査本部長には所轄の警察署長が就任することが多いようである。
もし、未解決で解散した場合、指導警察署の特定人員からなる未解決事件捜査チームが構成され、保管されていた証拠資料に基づき再捜査が行われる。なお、返却された資料であっても国科捜に記録が残るのでこれを活用する。
自白供述
韓国の刑事捜査官は、日本とは異なり「必ず自白を取らなければならない」とは考えていない。韓国ではいわゆるミランダ原則(被疑者を拘束する際に、黙秘権と弁護人選任権等を事前に知らせる)が徹底されており、取調べにおける弁護人立会いも認められているなど被疑者の人権が守られているのである。
従って、被疑者を逮捕するには、科学的証拠のような客観的な証拠が欠かせない。特に昨今、ビデオ映像や携帯電話などのデジタル証拠が増加し、科学的証拠と併せて事件捜査が可能になっているという。
科学的証拠の重要性については、警察学校や警察大学で頻繁に教育され、ほとんどの警察官はその重要性を認識しているとのことである。
取調べにおける弁護人の立会い
弁護人立会いは日常的に捜査の一つの過程である。捜査の妨害になる場合はあるが、その場合は立会いを制限できる。人権保護のルールを無視して得た自白証拠は、むしろ捜査の邪魔になる。
取調べのビデオ録音録画
取調べのビデオ録音録画の割合は増加している。これは取調べの任意性の保証になるためである。
ビデオ録音録画は被疑者の記憶再生に用い、証拠としては用いていない。
身体拘束
「身体不拘束原則」に基づき被疑者の2%しか拘束しない。「捜査」は被疑者拘束を目的とするものではなく「犯罪を犯したか否か」を捜査するものだからである。
被疑者を拘束する場合は検察庁に依頼し、裁判所から拘束令状をもらう。
ビデオリレー捜査
防犯カメラが市内の至る所に設置され、ドライブレコーダーはほとんどの自動車に装備されているため、事件発生時の現場周辺のビデオ映像は重要な証拠となる。しばしば、ドラマなどで「各ビデオ画像を複数のPC画面に映し出し、犯人を追跡する」シーンがあるが、実際にはそのような専門チームはなく、捜査員が足でCCTV映像を探し、情報を得て犯人を探している。このような地道な捜査が捜査員の役割ということである。
目撃証拠
第三者の陳述として重要ではあるが、裁判所は目撃証言の調書を信用しない。ただし、目撃証拠以外にこれを裏付ける客観的証拠があれば認めてくれる。
(2)につづく
平岡 義博(ひらおか・よしひろ)